お寺のいちねん

<法泉結社 年間行事・宗門行事>(日にちは諸事情によって変わります。)

 

・毎月28日はいのりの日として、お題目を唱える日にしました。

 午後1時から午後4時まで。

 普段より少し長めにお題目を唱えてみましょう。時間内であれば途中参加、

   途中でお帰りになるのも自由です。

 ご都合の良い時間で御越しください。どなたでも参加できます。

 

 詳細はお問い合わせください。

 

・2月19日と10月19日には「いのちの日」とします。

「いのちの日」とは普段私たちが食べたり、飲んだりしている動植物に感謝する

  日としたいと思います。

 法要は、午後1時~約1時間くらいとなります。

 

 写仏・写経を行っています。 詳しくはこちらをご覧ください。

   また、法泉結社では、毎年2月の第一日曜日に妙見様のお祭りをいたします。

1月

 

法泉結社・新春祈祷会

   

法泉結社初大黒祭(新春はじめてのきのえ子の日)

2月

15日

妙見様星祭(毎年2月の第一日曜日)

 釈尊涅槃会

 

16日

19日

 

 法泉結社・宗祖降誕会
法泉結社・いのちの日

3月

23日

法泉結社・彼岸会

4月

8日

28日

法泉結社・釈尊降誕会・花まつり

法泉結社・いのりの日・立教開宗会

5月

12日

伊豆法難会

7月

 

お盆迎え火

8月

 

月遅れお盆迎え火

 

 15日

法泉結社・盂蘭盆施我鬼会

9月

12日

20日

23日

 

龍の口法難会

彼岸入り
法泉結社・彼岸会

10月

第1日曜

10日

13日
19日

法泉結社・龍神報恩大祭

佐渡法難会

法泉結社・宗祖お会式
法泉結社・いのちの日

11月

11日

小松原法難会・宗祖綿帽子

12月

28日

31日

法泉結社・お火炊き上げ

法泉結社・大晦日唱題会

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

新春祈祷会(1月)
初詣は、無事に無事に過ごせたことのご加護を感謝し、その気持ちを神仏にお伝えするための行事です。
そして、「新しい年に皆が無事に過ごせますようにおまもりください。お願いがどうか叶いますように」と、神仏に祈願をするためにするのが祈祷です。


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初大黒祭(1月・新春初めてのきのえ子の日)

福の神といえば大黒様。本名は大黒天ですが、元々は古代インドはヒンズー教で暗黒を司る死の神様「マーハーカーラ」でした。
恐ろしい神様で、インドの最高神シヴァの夜の姿だと言われています。それが仏教に入ってくる時に、一つの系統では戦闘の神様、別の流れではなぜか
台所の神様になってしまったんだそうです。そんなこんなで日本で入ってくると、大国主命の大国と読みが同じ、ということでごっちゃにされてしまったようで…。
なんともはや、神様と言うものは、誤解と混乱のたまもののようです。今、私たちが抱いている大黒様のイメージは、この台所の神様をベースにして、福の神、
農業の神、豊穣の神を表しています。また、その名前「黒」も「黒くなってマメに働く」を表し、マメも「魔滅」に繋がるため、縁起の良いものと考えられています。
闇の神様が日本ではずいぶん変身したものです。黒が闇か、働く象徴か、何でも物は考えようですね。

 

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釈尊涅槃会(2月15日

お釈迦さまは、クシナガラという地において最後のご説法をされ、皆に遺言(後人に対しての戒め)を示されました。
そして大勢の弟子たちが見守る中、沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で頭を北に向けて右脇を下にし(頭北顔西)、両足を重ねて静かに入滅(にゅうめつ)されたのです。その時、沙羅の木は時ならぬ花を咲かせたと伝えられています。
お釈迦さまがお姿を隠されること、つまり私たちの目から見て「お亡くなりになる」ことを「涅槃(ねはん)に入られた」と表現します。そして、ご命日となる2月15日、お釈迦さまの大きな慈悲に感謝し、私たちにも仏道修行に励む決意を固めるための行事が「涅槃会(ねはんえ」です

 

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宗祖降誕会(2月16日)

日蓮聖人がお生まれになった2月16日には、そのご威徳(いとく)を讃えて「日蓮聖人降誕会(にちれんしょうにんごうたんえ)」が営まれます。日蓮聖人がお生まれになるその前夜、お母さまの梅菊は体内に大きな日輪が入ってくる夢をご覧になられ、日蓮聖人がお生れになったと同時に浜の岩からは清水がわき出し、沢山の蓮華が咲きほこったと伝えられています。このような現象はあり得ない、伝説にすぎないと思われるかもしれませんが、それらが七百年にわたって信じ伝えられてきたことから、日蓮聖人が後の人々にとってどれほど大切な方であったか分かりますよね。

 

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彼岸会(春・秋)

日本で「春分の日」や「秋分の日」を中心にした一週間は「彼岸(ひがん)」と呼ばれており、この日は仏教各宗派とも「彼岸会(ひがんえ)」と称してご先祖の霊をなぐさめ、成仏を祈る法要が営まれています。しかしこれはもともとインドの仏教には無かった習慣で、どのような経緯で行われるようになったのか、今となっては確かなことは分かりません。お彼岸の一週間は、先祖をうやまい、亡き人に供養を捧げると共に、善根を積み、仏道に精進する大切な日々です。迷う心を心身清浄にする一週間です。ぜひお題目を唱えて心を磨きましょう。

 

仏道修行彼岸一週間
 布施
  思いやりの心、奉仕する生活
 持戒
  
決まりを守る、生活を正す
 忍辱
  
苦しみに耐え、正しい道を開く
 お中日
  ご先祖供養、お題目の修行
 精進
 
たゆまぬ努力、続ける心
 禅定
  心静かな落ち着き、集中する心
 智慧
  仏教にめざめ、正しい教えを学ぶ

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釈尊降誕会(4月8日)

お釈迦様がお生まれになった時、天からは甘露(かんろ)の雨とたくさんの花が降りそそいだと伝えられています。この時のお姿を形どった像の上から甘茶(あまちゃ)をそそぐのも、この行事が「花まつり」と呼ばれるようになったのも、花びらの代わりとして法要で散華をすることもそうした由来があるからです。曼荼羅華を降らして…。

 

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立教開宗会(4月28日)

4月28日は今の千葉県にある清澄(きよすみ)山の「旭が森」という場所で、32歳になられた日蓮聖人が太平洋から昇り来る太陽に
向かってお題目を唱え、法華経を広めることを宣言された日です。今私たちがお題目を唱えられるのも、この日があったからですね。お釈迦さまが後の世のために説かれた最高の教えが、この日ついに躍動し始めたのです!


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伊豆法難会(5月12日)

文応元(1260)年、松葉ヶ谷法難に遭い、故郷の安房国や上総国に遁れていた日蓮聖人は、翌年の弘長元(1261)年に鎌倉に戻られます。しかし、5月12日、執権北條長時とその父重時によって捕らえられ、伊豆・伊東に流罪となります。捕らえられた聖人を乗せた船は相模灘を横断し、伊東の近くの小さな「まないた岩」に聖人を降ろし帰っていきました。命の危機が迫る聖人を救ったのは、その地の漁師船守弥三郎夫妻でした。有名な俎岩の故事はこのことです。弘長3(1263)年、赦免となるまで聖人はこの地でお過ごしになります。この日は聖人のご苦労を偲び報恩感謝の法要を営みます。ぜひ一緒に日頃のご加護に感謝いたしましょう。

 

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お迎え火(7月)


月遅れお迎え火(8月)

今は、都会の方は自宅と霊園墓地のお墓まで離れていることが多く、迎え火の火種を取りになかなか墓地までは行けませんよね。
また、霊園のほうでも迎え火の火種をなさっていらっしゃる所は少ないですよね。このような事情の際には、ご自宅の門口で「おがら」を焚けばいいでしょう。住宅事情も大きく変化していますから、マンションなどの集合住宅では、迎え火を焚くこと自体が難しいでしょうし、住宅の密集地でもなかなか難しいのではないのでしょうか。淋しいことですね。お盆の迎え火の火種は、迎え盆の夕方に菩提寺の墓地までお墓参り行き、頂いて来るのが一般的でした。
本堂のご本尊をお参りした後に、お墓参りを済ませ火を焚き、その火を持参したお線香と蝋燭(ろうそく)に移します。その蝋燭の火を消さない用心のために小さな提灯に移し、消えないように提灯を手にして自宅へ戻ります。地方では、今でもこの風習は生きていますね。暗くなりかかったあぜ道をホタルの灯りのように提灯の灯が行きます。そして提灯の火を御仏壇の蝋燭にお移しします。とても情緒がありましたね。この御仏壇の蝋燭の火を火種にして、夕方に門口で苧殻(おがら)を焚くのが「迎え火」です。地方によっては多少異なる場合もありますが…。お盆の迎え火のやり方も時代と共に変わってゆきますが、このよ
うな風習や、お盆の迎え火の風習はいつまで残していきたいですね。

お迎え棚とお供え

お盆の精霊壇にお供えする「きゅうり」や「なす」、「そうめん」、「ほおずき」、そして「おがら」。みんな意味があるのですね。「きゅうり」の馬、「なす」の牛。我が家にお帰りになられる送迎のお車でしょうか。お迎えするときには早く来てほしいから馬、帰りはゆっくりお帰りいただくために牛なのですね。「ほおずき」は提灯を現したもので、故人の暗い足元や世を照らす智慧(ちえ)の灯りです。「そうめん」はあの世とこの世を結ぶ糸、お土産を結ぶ紐代わりと言われています。ご先祖さまをお迎えするたくさんの気遣いです。ご先祖さまをお迎えする真心が表現されているのが盆棚なのです。細かいことを気にし過ぎて負担になりませんように、生前好きだったものを供えてあげてください。その基となるのは、供養をしたいと思う素直な気持ちなのです。そんな想いが故人に届き、甘露の雨となるのですよ

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松葉谷法難会(8月27日)

建長5年(1253)、日蓮聖人は鎌倉の名越松葉ヶ谷に小庵を結び布教を開始します。当時、鎌倉をはじめ各地では飢饉や疫病が続き、
社会の不安が増大しており、聖人はその原因を、念仏などの邪法に依り、聖人が確信を得た正しい教えである『法華経』を捨てたためであるとしました。そして、文応元年(1260)に『立正安国論』を著して鎌倉幕府前執権、北条時頼に上呈し邪法の禁止を訴えます。しかし、このことは多くの仏教者の反感を買い、安国論が建白されて40日後、批判に恨みを持っていた他宗の僧ら数千人により、松葉ヶ谷の草庵が焼き討ちされてしまいます。幸いに日蓮聖人は難を逃れ下総(千葉県北部)へと身を隠しますが、こうした難にも屈することなく、正法弘通へと邁進された聖人の遺徳をしのび読誦会をいたします。
どうぞご参加ください。例えお経が唱えられなくてもこの場の時間を共有することが嬉しいですよね

 

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龍の口法難会(9月12日)

文永8年(1271)の9月12日夜に死刑に処される身だった日蓮が、龍口寺と同じ場所で法華経を唱えておりました。
いよいよ処刑されようとするその時に、江の島の方角から強い閃光が発せされたのがきっかけで死刑を免れたというのが竜の口法難の由縁です。この日は是非、牡丹餅を作ってみたいと思います。一緒に食べませんか?


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佐渡法難会(10月10日)

文永8年(1271)9月12日、鎌倉での龍口法難から約1ヶ月後の10月10日、依智(現在の厚木市)に身を預けられていた日蓮聖人は佐渡へ
と配流となります。この依智で書いた曼荼羅が後に楊枝曼荼羅と呼ばれるものとなり、枝の先をほぐして書いたので楊枝…と言われるようになります。
曼荼羅の日付が10月9日になっているのが確認できると思います。


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宗祖お会式(10月13日)

10月13日は日蓮聖人のご命日に当たります。日蓮聖人に対する報恩のため、その日に信徒が集い営まれる「日蓮聖人報恩御会式」を略して、今日では「お会式」と呼ばれているのです。弘安5年(1282)にご病気の療養とご両親の墓参りを兼ね、身延の山を降りられた日蓮聖人は、武蔵の国(今の東京)にあった池上宗仲(いけがみむねなか)公の屋敷でご入滅(にゅうめつ)されました。その折り、時ならぬ桜の花が満開に咲き誇ったと伝えられています。お会式桜とも言われます。花は少し小さめですが、この時期にホッとするような、そんな桜の花です。

 

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小松原法難会(11月11日)

弘長3年(1263)2月、伊豆流罪を赦免された日蓮聖人は、翌文永元年(1264)10月、故郷安房で病に伏せるお母さまに会うために帰郷し、再会を果たします。その後、小松原(現千葉県鴨川市)で聖人は、以前から恨みをもっていた念仏信者の東条景信の襲撃を受けます。弟子の鏡忍房日暁と信者の工藤吉隆が殺され、聖人も額を斬られ、左手を骨折、重傷を負います。一方、斬りつけた東条景信も落馬し逃亡、聖人は難を逃れました。その時に日蓮聖人の額の傷を思い労わるという意味でこの日に綿帽子をかけ、4月28日のその日に綿帽子をお取りします。

 

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お火炊き上げ(12月28日)

12月28日に古いお札を納め御加護に感謝して「納め札お焚き上げ」を行います。

 

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大晦日唱題会(12月31日)

31日午後11時より1月1日午前5時までの6時間の唱題会です。どなたでも参加は自由ですのでどうぞ共に新しい年を迎えましょう。
(トイレ・食事・飲水は自由です)


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これでも真面目

いや~焦りますぅ。ブログ世界進化しています。・・・・・

自己紹介をしたいと思います。ここは千葉のあの紅葉で有名な養老渓谷にあります 日蓮宗 法泉結社と申しまして決して、街宣車で街角にいる硬派とは違います・・・悪しからず。

この田舎で日々楽しく暮らしている僧侶です(※注=遊び呆けている訳ではありません)

小湊鉄道の沿線にある上総大久保駅から徒歩20分くらいの所に法泉結社があります。道路から少し下っているので用があっていらっしゃる方は、必ず迷います。すみません。そのうちに結社の案内看板をドデカイ看板を作りますのでもう少し待って下さい。

家族を紹介いたします。
1、少し大きめの謎の物体一体・・・・これが、かなり手強い。《別名 配偶者ともいいます》
2、昭和一桁の岩窟王の婆ちゃん。日々未熟な小生は鍛えられています
3、生まれて11年目になるダックスのワイヤー君が一匹、ワイヤーちゃんが一匹、そのお母さんで12年目のワイヤーが一匹、まだまだおるよ。道路のセンターラインにいた黒白の猫が一匹。外猫(半野良)の黒猫が一匹。
とても賑やかですが、人生色々勉強させてくれる楽しい家族です
 
ワイヤーちゃんは、お母さん。ワイヤー君、ワイヤーちゃん・・・・・虹の国へと旅立ちました。
ありがとう❢とても楽しい時間をありがとうね。
 

 

建長寺に行って参りました沢山の小学生たちが、見学にきてましたよ。
鎌倉てらこやについてお話しを伺いました。お寺と地域が一体となり、未来を担う子供達、今を担う若者たちが、同じ時間を共有して過ごす。・・・・とても素敵なことです。

我が結社にも是非と思うのですが・・・・最大人数参加の子供達99名、ボランテァその数以上・・・・あ~無理よねぇ


考え違い思い違い。。。

 2013-06-25(Tue)

 

ある人が、『そんなに困ったことがあるならお経をあげれば、なんとかなる筈だよねぇ。』
・・・と。確かに信をもって唱えれば必ず神仏は、道を示してくださいます。
しかし、考え違い、思い違いをしていれば、神仏は、道を示してはくださいません。


例えば考え違い、思い違いを教えてくださっていても、気が付かなかったり、人任せにしていたり、逆にうまく事が運ばないことを恨んだりすれば益々神仏の思いと離れて行ってしまいます。
物事につまづいたら、何故思いが通じないのか、思い通りにならないのか、考えてみても良いかもしれないですね
奇跡のリンゴ

 2013-06-10(Mon)

 

見ましたなんとも久々に心が綺麗になるような映画でした
色々と考えていた私の背中を『そっと・・・・ではなく、ドント押してもらえました。』
映画の中で阿部サダヲさん演じる奇跡のリンゴを作った木村秋則さんが、リンゴに木に話しかけるシーンは『生きとし生けるものそそぐ光と影・・・』・・・涙があふれてきました。そう・・・法華経の世界ですよね
頑張ってリンゴの花が咲いたときに一本だけ花をつけていない木が、ありました。木村さんが声を掛けなかったリンゴの木・・・・。すべての命あるものは、私たちの心を理解ができるのですね
是非『奇跡のリンゴ』・・・・ご覧になってみてください


意業受持

 2013-06-09(Sun)

 

意業受持・・・意(こころ)に私は法華経を信心して行こうと決心することなのです。
心で唱えるお題目を言うのです。
「心で唱えるお題目」の心って信心の心、帰依(依り頼む=信仰する)渇仰(深く仏を信じること)の一念です。
お釈迦さま・お祖師さまに恋慕渇仰して「一心に仏を見たてまつらん」と思う一心。
その「信」から唱えるお題目は、仏さまの大慈大悲に報恩感謝の思いと懺悔滅罪の思いです。
仏さまへの信の心があるところには、南無妙法蓮華経のお題目は自然と口より流れ出ると思います。

寒いですねぇ。。。。。

2010-12-28(Tue)

いや~今日の寒いこと。水行場に氷がはっていましたよ
 
本格的な冬到来ってとこでしょうか。

近くのお寺さんでは、大晦日に“甘酒・とん汁・焼き芋”供養をするそうですよ。中々頑張ります。うちのお寺は、“甘酒”だけ・・・・・

しかしあたいの素晴らしい笑顔でお出迎えです。

色々なことが、テンコ盛りの年でした。あたいにとって指針の年でしたねぇ。結構しぶとく生きています。
 

 

我が家の家族

ずいぶん寂しくなっちゃいました。

ワンコのちょび母さんや子どものももちゃん、小太郎くんが、虹の国に逝きました(涙)

ずっと一緒だった。色々悲しいことも楽しいことも一緒だったから・・・・。

今は、ニャンコが3匹+1匹。この子たちの為にも元気でいないとね❢